アングラ通用口
自作のガレージキットの紹介を主にした、思想問題、哲学問題、技術論等、「考えること」「作ることに」に関してのブログ
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ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか 1
かなり、やばくなってきそうな世界の政治-経済情勢。円高、米国住宅バブル崩壊以降の動き、反中国への傾斜(しかけてる奴等がいる。それにのってはいけない)。世界経済の破産-恐慌の危機、それを避けるために意図的に行われようとしていること、等考える(もっとも、こんな駄文を書き綴る人間がなにを考えようと何の影響力もないが)ことの多い今日この頃だが。
資本主義は「主義」として存在しないという言葉があったが、主義といってもいいのではないか、共産主義の「主義」とは違うが。もっともマルクス自身もこうあるべき静止した目標としての共産主義を否定し「精神の運動(石川淳)」として、それは存在すると言っている。
と、考えていると、思い浮かぶ書物があった。
マックス=ウェーバーのプロテスタントの精神が資本主義を生んだと言う説は、もう誰もそのまんま受け入れてははいないだろうが、資本主義とは何かにせまった大著「『プラトンと資本主義』関 曠野 著 北斗出版; 改訂新版版 (1996/07)」は古代ギリシャの地にその精神を探りに出向いていった名著である。ソクラテス、その弟子プラトンという「哲学者」がいかに当時のギリシャ社会で異様な人物であり、自らのひしゃげた存在ゆえに、真理と仮の世界という思考を生み出したことを看破。ソクラテスの産婆術というのは、実は自分は何も知らない、と相手に問うことのみで、相手より上位に立ち、「無知の智」というもっともらしい言葉でそれを正当化する、無から有(おのれの価値の増殖)をうむいかさま行為であり(ニーチェ『ソクラテス問題』参照)、それを受次ぐプラトンは、自らのルサンチマンで、それを「哲学」という価値に高め、真理(イデア)というものを追い求めることで、現実から目をそむけた人物であったことを論証する。そして、仮の姿としての現実の向こうにある真理という抽象的な知への欲望が、「哲学」として西欧思想の中で発展し、国家という装置、学校という装置により、制度として資本主義が成立する様を描き出している。
『資本主義は、特定の信条と生活様式を奨励し継続させる文化の圧力なしには、たんなる「経済的事実」としても存立しえない。』『近代資本主義の「精神」は、ウェーバーの主張する古代イスラエルの予言者にではなく、ソクラテスとプラトンの哲学=愛知(フィロソフィア)に始まることを明らかにする。ここに、市場・法制・教育をめぐる西欧のロゴスの、狡知な支配の原理が暴露される。』(帯より)
おのれ自身の価値増殖=真理への欲望の相似型である、抽象的な資本という価値の増殖=おのれ自身の価値増殖という価値増殖の循環、無から有をうむいかさま、ルサンチマンという動機といえば、それを実践しているのが現在の世界の支配層であり、「主義」として実践しているのではないかと考えてしまう。
そして、関曠野の『ハムレットの方へ』も併読しなければならない。この狡知と詐欺のシステムと抽象的支配者貨幣の謎をとき、どこへわれわれは向かうべきかを示すのは、橋本治とこの関曠野しかいなかったのではないか。逃走も闘争も外部も内部も表層も深層も構築も脱構築も身体を顧みない『大学』という特殊な場所でつくられた言葉だ。生とは何か、『現代思想』において生と知識の関係はニーチェほど考えられていない。そしてそこには「唯物論」が徹底的に欠けている。ちょっと、汗でもかいてもらおか、ポストモダン諸氏よ。おっと、こんな考えがポルポトの〜と言いたげだが、そんな短絡さが神経の束でしか物事を考えて来なかったあかしだ。労働とはあんな連中とは関係ないし、今の労働運動のような単純さでとらえるべきものではない。
労働=自然と人間の関わり。人間とは日々創られ、変形していく者。自然への働きかけによって。
資本主義は「主義」として存在しないという言葉があったが、主義といってもいいのではないか、共産主義の「主義」とは違うが。もっともマルクス自身もこうあるべき静止した目標としての共産主義を否定し「精神の運動(石川淳)」として、それは存在すると言っている。
と、考えていると、思い浮かぶ書物があった。
マックス=ウェーバーのプロテスタントの精神が資本主義を生んだと言う説は、もう誰もそのまんま受け入れてははいないだろうが、資本主義とは何かにせまった大著「『プラトンと資本主義』関 曠野 著 北斗出版; 改訂新版版 (1996/07)」は古代ギリシャの地にその精神を探りに出向いていった名著である。ソクラテス、その弟子プラトンという「哲学者」がいかに当時のギリシャ社会で異様な人物であり、自らのひしゃげた存在ゆえに、真理と仮の世界という思考を生み出したことを看破。ソクラテスの産婆術というのは、実は自分は何も知らない、と相手に問うことのみで、相手より上位に立ち、「無知の智」というもっともらしい言葉でそれを正当化する、無から有(おのれの価値の増殖)をうむいかさま行為であり(ニーチェ『ソクラテス問題』参照)、それを受次ぐプラトンは、自らのルサンチマンで、それを「哲学」という価値に高め、真理(イデア)というものを追い求めることで、現実から目をそむけた人物であったことを論証する。そして、仮の姿としての現実の向こうにある真理という抽象的な知への欲望が、「哲学」として西欧思想の中で発展し、国家という装置、学校という装置により、制度として資本主義が成立する様を描き出している。
『資本主義は、特定の信条と生活様式を奨励し継続させる文化の圧力なしには、たんなる「経済的事実」としても存立しえない。』『近代資本主義の「精神」は、ウェーバーの主張する古代イスラエルの予言者にではなく、ソクラテスとプラトンの哲学=愛知(フィロソフィア)に始まることを明らかにする。ここに、市場・法制・教育をめぐる西欧のロゴスの、狡知な支配の原理が暴露される。』(帯より)
おのれ自身の価値増殖=真理への欲望の相似型である、抽象的な資本という価値の増殖=おのれ自身の価値増殖という価値増殖の循環、無から有をうむいかさま、ルサンチマンという動機といえば、それを実践しているのが現在の世界の支配層であり、「主義」として実践しているのではないかと考えてしまう。
そして、関曠野の『ハムレットの方へ』も併読しなければならない。この狡知と詐欺のシステムと抽象的支配者貨幣の謎をとき、どこへわれわれは向かうべきかを示すのは、橋本治とこの関曠野しかいなかったのではないか。逃走も闘争も外部も内部も表層も深層も構築も脱構築も身体を顧みない『大学』という特殊な場所でつくられた言葉だ。生とは何か、『現代思想』において生と知識の関係はニーチェほど考えられていない。そしてそこには「唯物論」が徹底的に欠けている。ちょっと、汗でもかいてもらおか、ポストモダン諸氏よ。おっと、こんな考えがポルポトの〜と言いたげだが、そんな短絡さが神経の束でしか物事を考えて来なかったあかしだ。労働とはあんな連中とは関係ないし、今の労働運動のような単純さでとらえるべきものではない。
労働=自然と人間の関わり。人間とは日々創られ、変形していく者。自然への働きかけによって。
90年代日本音楽シーンの「無」への転回
渋谷系とダサイ名付けをされた音楽とミュージシャンには、何もかも御破算にされた怒りを感じた。そして、CDはほとんど買わなくなった。御本尊は消えた。当然だ。無だから。そして、かつてのミュージシャンが戻って来て、素敵な作品を創っている。その深みにこれからの世代は到達できないだろう。幼形成熟。大人のロックは創られそうもない。彼らの詩の世界はループする無だから。ただ孤独を恐れるために張り巡らされた。
祝い ウォーカーギャリア 1/100発売
26年待った。
テーマ : 模型・プラモデル・フィギュア製作日記 - ジャンル : 趣味・実用
小説 DON'T TRUST OVER 30 #2
歩道橋の上で、待たされた。約束の時間は20分過ぎた。良かった、付き合わなくて良い。そもそも、どういう経緯でこうなったかと言えば、孤高のギタリストたる川島啓二が、英語でなくてはロックはわからない、というはっぴいえんど以前の問題(もっともそれは決着が着いたとは言えないが)、という妄想を抱き、それで近所のイングランド人営む英会話教室におもむき、うまい具合にその講師が英会話教師仲間でバンドをやってたというわけだ。
繁華街、風俗街、ターミナル駅のあるK橋にあるライブバーで、英会話講師のバンド『ファイヤーフォックス』のライブに誘われて、川島と、他の受講者、講師パトリックの妻と一緒に観に行った。さすがに英会話教室での生徒が多いのは、その雰囲気でわかった。女性の彼らに接する仕方は、日本人男性に対するものとは違う。彼らはここまで甘えさせてくれる、ということが、彼女らの身体的コミュニケーションからプンプン臭う。みっともないと、この国の風習なら言われるような態度も、ここでは許される。
どうせ白人欧米人狙いだろう。自立やら言ったって、所詮甘える所を人は求める。いや、逆に必要となる。それが、白人欧米人なら見栄も友人にはれる、ということだ。これがアジア系英語圏の人間なら、はたして相手にするのかな。と、バー に入って数分で機嫌が悪くなってきた。曲はジミヘン、ブルーオイスターカルトの「ゴジラ」その他アメリカンロック、オンパレードで全くつまらない。今は、何年なんだ。もう帰ろう。
離れた席に座ってる、年配夫婦は、この手の音楽にどう反応していいのかわからず、微動だにしない。そして女性達は、知り合いの欧米人講師をみつけては、毛唐風ボディーランゲイジでおもてなし。パンパンか。
バンドメンバーはパトリックを除いて、カナダ人。パトリックはキーボード担当で、黙々と「裏方」に徹している。
ビール注文して来て、とカウンターに近い川島に何気なく言うと、行くんですか?と彼はそんなこと恥ずかしくてできない、というようなそぶり。今までの付き合いからわかってたが、それぐらい‥と、わざわざ彼を椅子からどかして、カウンターで注文。と、こんなことにいろんな手続きが必要なんだ。
繁華街、風俗街、ターミナル駅のあるK橋にあるライブバーで、英会話講師のバンド『ファイヤーフォックス』のライブに誘われて、川島と、他の受講者、講師パトリックの妻と一緒に観に行った。さすがに英会話教室での生徒が多いのは、その雰囲気でわかった。女性の彼らに接する仕方は、日本人男性に対するものとは違う。彼らはここまで甘えさせてくれる、ということが、彼女らの身体的コミュニケーションからプンプン臭う。みっともないと、この国の風習なら言われるような態度も、ここでは許される。
どうせ白人欧米人狙いだろう。自立やら言ったって、所詮甘える所を人は求める。いや、逆に必要となる。それが、白人欧米人なら見栄も友人にはれる、ということだ。これがアジア系英語圏の人間なら、はたして相手にするのかな。と、バー に入って数分で機嫌が悪くなってきた。曲はジミヘン、ブルーオイスターカルトの「ゴジラ」その他アメリカンロック、オンパレードで全くつまらない。今は、何年なんだ。もう帰ろう。
離れた席に座ってる、年配夫婦は、この手の音楽にどう反応していいのかわからず、微動だにしない。そして女性達は、知り合いの欧米人講師をみつけては、毛唐風ボディーランゲイジでおもてなし。パンパンか。
バンドメンバーはパトリックを除いて、カナダ人。パトリックはキーボード担当で、黙々と「裏方」に徹している。
ビール注文して来て、とカウンターに近い川島に何気なく言うと、行くんですか?と彼はそんなこと恥ずかしくてできない、というようなそぶり。今までの付き合いからわかってたが、それぐらい‥と、わざわざ彼を椅子からどかして、カウンターで注文。と、こんなことにいろんな手続きが必要なんだ。
大江慎也12 Things're being tough
(一部書き直しました)
バンドの起源は美しく語られるという法則があるのか現実にそうなのかは知らない。「STORIED」は、公式には初めて聞くことばにより、「物語」が解体されている。ここでまた現在も断片化されてしまうのだ。
「組んでいたアマチュアバンドのヴォーカル担当が、明らかに他のバンドの方の真似をしていたのが気になっていたが、(略)歌詞を一応渡したが、それをカタカナで書いてくる、漢字は間違っている、(略)私のギターに乗せて歌わせようとすると、マイクは持つが、恥ずかしがって、私の部屋から逃げてしまう。」
「もの静かな、口をあまり開かない、黙ってばかりいる若者だった。わたしの当時の知り合いの女の娘はその理由を私に「喋ると馬鹿が分かるからよ」と言った。」
どれが誰のことを指しているかはどうでも良い。大団円に終わったかのように見せかける「物語」に抗ってこのように過去のサルベージに手を付けること、「多くの知人達が語らない、バンドのエピソードは多く長い。それを書き留めようとすると、今でも脳の一部分が欠損した様な状態に陥ることもある。」
その欠損状態が書き留めることを呼んでいる。事物に付けられた勝手で過剰な意味を洗い落し、自分にとっての出来事を救うために。
バンドの起源は美しく語られるという法則があるのか現実にそうなのかは知らない。「STORIED」は、公式には初めて聞くことばにより、「物語」が解体されている。ここでまた現在も断片化されてしまうのだ。
「組んでいたアマチュアバンドのヴォーカル担当が、明らかに他のバンドの方の真似をしていたのが気になっていたが、(略)歌詞を一応渡したが、それをカタカナで書いてくる、漢字は間違っている、(略)私のギターに乗せて歌わせようとすると、マイクは持つが、恥ずかしがって、私の部屋から逃げてしまう。」
「もの静かな、口をあまり開かない、黙ってばかりいる若者だった。わたしの当時の知り合いの女の娘はその理由を私に「喋ると馬鹿が分かるからよ」と言った。」
どれが誰のことを指しているかはどうでも良い。大団円に終わったかのように見せかける「物語」に抗ってこのように過去のサルベージに手を付けること、「多くの知人達が語らない、バンドのエピソードは多く長い。それを書き留めようとすると、今でも脳の一部分が欠損した様な状態に陥ることもある。」
その欠損状態が書き留めることを呼んでいる。事物に付けられた勝手で過剰な意味を洗い落し、自分にとっての出来事を救うために。
日本語について
(一部書き直しました)
日本語には古来より主語という概念は存在しないし句読点は英語他ヨーロッパの言葉のピリオドから明治以後つくられたもので音と表記が一致しなければいけない「といふ」考えもそうでありさらにいえば現代日本語は人工的に当人らには改良と思われる形に変形させられたものであるから日々造り出していかねばならぬという運命にある
ここで誰が主語かと問う試験問題など完全に毒されている
テキストでの言葉の関係の網から判読可能なのでそんな概念はなかった
だからどう書いても自由だということにはならない
自由だから便宜的に決めねばならぬ生活のため
それでいてあたかもそれが決まってるのだからと起源に鈍感なのも困る
これは漢字の話だが筆順を全く決まったものとして思い込んでる国語教師
本来象形文字である漢字に筆順などないとは呉智英氏の筆順にうるさい三流知識人である学校教師に関して漢字とは何かを問いかけた文章にあることだがこの言葉にもピンとこない人が大半であるのは教育がうまくいってんだろう
日本語には古来より主語という概念は存在しないし句読点は英語他ヨーロッパの言葉のピリオドから明治以後つくられたもので音と表記が一致しなければいけない「といふ」考えもそうでありさらにいえば現代日本語は人工的に当人らには改良と思われる形に変形させられたものであるから日々造り出していかねばならぬという運命にある
ここで誰が主語かと問う試験問題など完全に毒されている
テキストでの言葉の関係の網から判読可能なのでそんな概念はなかった
だからどう書いても自由だということにはならない
自由だから便宜的に決めねばならぬ生活のため
それでいてあたかもそれが決まってるのだからと起源に鈍感なのも困る
これは漢字の話だが筆順を全く決まったものとして思い込んでる国語教師
本来象形文字である漢字に筆順などないとは呉智英氏の筆順にうるさい三流知識人である学校教師に関して漢字とは何かを問いかけた文章にあることだがこの言葉にもピンとこない人が大半であるのは教育がうまくいってんだろう
小説 DON'T TRUST OVER 30 #1
待ち合わせた駅の切符自動販売機前で、暗い顔して立っているのが奴なのだが、ギャランティーはどうするの、と紹介してくれたイングランド人英会話講師に言われた、と語る奴に、また巻き込まれたとうんざりしつつも、約束してあるのだから行かなければならない。でも出来たら行きたくない。俺はうまく弾ける訳じゃない。ただ楽しみたいだけだ。しかし、もう楽しみでもなんでもない。義務だ。殉教者にはなるつもりはない。お前はなれよ。不器用なんですか、なんてはじめて言われた、こいつに。器用なお前なら誰もが認めてくれるさ、俺なんか相手にしなくてもさ。でもわかった。お前がバンドを組めない理由が、わかりながら、こうして、またこいつの不始末に付き合ってる。10万ぐらいなら・・・と、改札を抜け、ホームへ向かう階段をギター背負って上って行く姿、ギターの殉教者。
O市、U交差点。百貨店どうしをつなぐかたちの歩道橋が待ち合わせの場所。黒人セミプロドラマーとの。いきなりそんなのに付き合わされる、こっちの心境など慮りはできないこいつのあせりに、この先振り回されるのは・・・。
O市、U交差点。百貨店どうしをつなぐかたちの歩道橋が待ち合わせの場所。黒人セミプロドラマーとの。いきなりそんなのに付き合わされる、こっちの心境など慮りはできないこいつのあせりに、この先振り回されるのは・・・。
朝礼で「道徳」しか口に出来ない奴って。ニーチェならこう言うね。
「道徳」とはそのような「徳」がアプリオリに存在し、「善」であるそれを守るべくして、人々が互いに日々怠らないよう生まれたものではない。監視、調教、服従を人に強いる欲望を持つ者が、おのれの弱さ、やましさを外に置きたいがための、自らに対しての、虚偽として生まれたものである。そして、その虚偽はおのれ自身をも蝕んで行くのであるが。その虚偽をもはや虚偽と感じなくなるに至って。
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