大江慎也11 Things're being tough

「ザ・ルースターズが、ファーストアルバムとセカンドアルバムの間にもう2枚アルバムを作っていたら、私は『CASE OF INSANITY』の歌詞を書かなかったかも知れない。」「80年代当時流行っていたダブ調のマキシシングルになった「ロージー」は、ロックンロールの持つ被害妄想の中で歌ったものだった。何の策略か、当初のデビューシングルがレゲエ調であれば、被害妄想下で歌うことは必要無かった筈だった。」たぶんザ・ルースターズデビューにおいても様々なバイアスがかかっていただろう。自分の表現を純粋に商品にするには、インディーズという方法があるが、まだそのような手法は根付いては、選択の対象としての発想すら、なかったのではないか。後の東京ロッカーズ、そして、有頂天、ラフィンノーズ、ウィラードのインディーズ3羽ガラス、トランスレコードなどの「インディーズ」ムーブメントがおこるのは、デビューから少し後である。もっとも大江自身は、インディーズという、ある意味「逃げ場所」を良しとはしなかったかもしれないが。「これは先に言っておきたいんだけど、元々これらの曲はポップチューンなんで、自分が苦しいとかきついというのがあったとしても、そういうことによってのみ曲を創ろうとおもったわけではないです。」(ロック画報17めんたいビート特集より)

憎むよりも先に

自分の所属する会社が多少は、というより、かなり自分達に責任があるというのに、お別れ会(?笑)でニヤけて弁当食ってたAhoとwakahageのコウモリ野郎。多くの人達が、心にキズを負ったというのに。いや、弱いものいぢめはやめとこう、最低なのはてめぇの会社だというのに、最後まで顔を見せなかった洟垂れ女社長様、お前だ。お前にお前と言われたないわ、ちゅう、子供の喧嘩みたいなせりふは、まさか吐かないだろうがな。俺はおまえらを許すことはないし、忘れることはない。明日のために。あばよバカども、そしてDon't Forget Yesterday!


おもいっきり私憤ですみません。

テーマ : つぶやき - ジャンル : 日記

『マニアの受難』  MOONRIDERS DVD BOX #2「DON'T TRUST OVER 30」

アルバム『DON'T TRUST OVER 30』を買ったのは、18か19才。
その後の人生を先取りしてたかのように、今は聴こえる。というか、人生のようなアルバム。
「飛べない、交換できない、乗りものにも何にもならない、ポケットにも入れられない、戦争になっても持って逃げれないものが好き、何の価値もない、もの、こと好き」で生きて来れたけど、
「冬の海まで車をとばして、24時間砂を食べていたい。長い線路をひとり歩いて、そっと枕木に腰をおろしたい。」と思い始めたのはいつからか。そしてこの先、ずっとだろうか。
「DON'T TRUST ANYONE OVER 30/憎むよりも先に、/悲しむよりも先に、/怒りよりも先に、/嘆くよりも先に」(DON'T TRUST ANYONE OVER 30)人に対して、そして、人から自分自身への視線として。
「何だこんな憂鬱はいつまで続くんだろう、ガラス瓶のなかに閉じ込められて」(何だ? この、ユーウツは!!)と感じ始めたのは、いつから、なぜだろうか。化学物質でごまかすことは可能だが。

もっとも日常は「月にでも行ってみたいそんな気がする四十代、できれば何にもしたくない、金さえあればの四十代。あー金が欲しい、自由が欲しい、何もしたくない」(「だるい人」TV出演前の蛭子能収作詞)

テーマ : 音楽 - ジャンル : 音楽

大江慎也10 Things're being tough

「ソロ」活動期、その後の「休養期」といわれた頃の状態は大江の自己表出としての活動は機能することなく、誰かが食っていくためのものでしかなかった。ゆえに、病はさらに彼を蝕んだ。
「東京、福岡と精神科病院入院を幾度も繰り返した。母が、福岡県遠賀郡岡垣町に家を建てて、そこに住むことになった。(略)精神科作業所、デイケアに遠い道のりを通った。(略)休養中 と言われていた時期、自宅でギターを持っても、右手と左手が動かなかった。手が全然動かないわけではなかったので、ペンを持ち散文を書いていた。だが、突然ギターが弾けるようになった。冬の夜中に自分の部屋の大きな窓を全開にして、外風を入れて、それに当たっていたが、全然寒くはなかった。(略)一度目の結婚生活をしたのはそこの家だった。アルバイトで家庭教師や皿洗いをし、妻もパートで働いていたが、幸せではなかった。(略)音楽はできず、やがてその時の妻とも別れた。(略)」「私は運送会社のアルバイトをし、母は寿司屋の皿洗いをした。又、私の容態が悪くなり、座ったまま唾を雫し、動けなくなったりしたので、通っていた近所のクリニックから千葉県の公立精神医療センターに、移り、入院することになった。(略)或る夜、血便が止まらなくなった。(略)潰瘍性大腸炎だった。(略)3回の入院と手術だけで、2年間費やした。優に数百万円を超えるお金がかかっていた(その後発売されたルースターズのDVD「RE=BIRTH」では、「大手術を終え」とテロップが簡単に出ただけだった)。」この文章の引用も、簡単に(略)してしまっているが、「シーン」から離れていた間の時間は(略)できるものではない。そして、表現としてみるべきことは、箇条書きの過去ではなく、いまある表現体としての大江慎也である。「恋をしようよ」「Do The Boogie」で10年つづけられれば、いまある大江、ルースターズとは違ったいまがあっただろう。しかし、惹かれてしまうのは、「Case Of Insanity」「I'm swayin' in the air」「 Sad song」「 Good Dreams」を表現しなければならなかった大江にである。

テーマ : 音楽 - ジャンル : 音楽

一億総批評家化が飽和状態な、ネット世界に欠けてる意志

「武器への批判を、武器による批判に変えねばならない。」誰かの言葉の引用。
誰かって?  カール・マルクスか。
こんだけツールが揃ってて、パーソナルコンピュータのパーソナルの意味なんか実現されてない。
誰かがニンマリ笑ってるだけだ。
ネット、ケータイすべて繋がってるのに、われわれは武器の批判しかできていない。武器そのものとして、物質的な力に変えねばならない。意志なきただの批判は聞き飽きた。お前が、あなたが、俺自身がしなければならない問題だ。
所詮、金銭でしか繋がってないこの社会、それに変わる繋がりをすこしでも予感できれば。

テーマ : 哲学/倫理学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

大江慎也9 Things're being tough

「STORIED」は、当時発言しなかった大江抜きでの好き勝手な物語を内側から、壊して行く。大江在籍最後のアルバムは「φ」と大江が、「発想し、都内の書店に走って行って調べ、苦労して付けたもの」であるが、タイトル通り、集合体としてのバンドはそこになかったのかもしれない。カリスマでも食わなければ生きられない。病気でも食っていかないわけにはいかない。そこに記された当時の生活状況は、コメントの必要もない過酷なものである。「私は東京の精神科に入院した。母は上京して私のアパートに住み、公立学校の宿泊施設で仮働きをしながら、殆ど毎日病院に来てくれた。担当医に止められたが、突然見舞いに来た後入りメンバーの一人は、ガウン姿の私を見つけ、指を差して、笑った。私は言葉を失った。」後入りメンバーとは、バンド内の調整役と言われていた人物であるが、よく解釈すれば、深刻になりすぎないよう、とった態度であるかもしれない。しかし、それは大江の言葉を失わせるものでしかなかった。

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大江慎也8 Things're being tough

柏木省三元ルースターズプロデューサーの意向で始められた、プロジェクトのソロ第一弾は売り上げ一万枚というインディーズでは破格の売り上げをみせ、内容的にも、当時はニューオーダー的なデジタルアプローチという形で「個人的」には満足できるものであったが、3枚目までつづくこの路線はインディーズ3部作という形で終わり、バンドブームの波に対して、これは、ロック界のカリスマとして、パンク的アプローチでいけば、いいんじゃないか、という柏木の判断(彼の判断でしかありえないと私は判断する)で、申し訳ないが、痛々しいとしか言いようのないバンド、Onesとして、メジャーリリースされてしまう。メジャー2作はバブルにトチ狂った多数の日本人同様、判断がトチ狂ってる。プロデューサー一人を責めるわけにはいかない。しかし、Onesという宙に浮いたような(プロモーションビデオにもメンバーの一人は映ってない。というか参加してない。)「バンド」の後は柏木にとっても、対応の出来る音楽シーンではなかったろう。遅れて来たミニバブル音楽版、所謂渋谷系である。柏木も精神を病み、大江はシーンから消えていった。

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ついにケータイ持つ

「見なれた景色のエッセンスにはボクを拒むわけがある わかっているさ百も承知さ 一から千まで話したところで さみしさには変わりない この気持ちをどうにかしようと 
ついうっかり受話器をはずして ついうっかりダイアル回して ついうっかり ついうっかり ついうっかり秘密のうわぬり いまわし電話 ケーブルの中で いまわし電話 ボク放し飼い いまわし電話 動くに動けぬ いまわし電話 ボクは秘密の単位 
みえすいた孤独の免罪符には ボクをかき消す罠がある わかっているさ百も承知さ 一から千まで暴いたところで あせる気持ちに変わりない 消える自分をどうにかしようと ついうっかり受話器をはずして ついうっかりダイアル回して 
ついうっかり ついうっかり ついうっかり秘密のうわぬり いまわし電話 ケーブルの中で  いまわし電話 ボク放し飼い いまわし電話 動くに動けぬ いまわし電話 ボクは秘密の単位」
P-MODEL「いまわし電話」アルバム『potpourri』収録

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大江慎也7 Things're being tough(番外篇)にコメントされた方へ

『go fuck』はBOXセット『VIRUS SECURITY CD-DVD-BOX 』 (限定販売。在庫が残ってる店舗で入手可能かも。ただし、値は張ります)にスタジオ録音版、ライブ版を、収録。DVD『RE・BIRTH』のエンディングに、スタジオ録音版が収録されてます。

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大江慎也7 Things're being tough(番外篇)

2006年夏、大江のソロライブを夜行バスで新宿LOFTまで観に行った。朝5時に着いて、ほな、どないせぇちゅうね、とライブ開始時間まで新宿、渋谷と「ブラブラ電気の街を」(PANTA 『マーラーズパーラー』)歩きまわって新宿公園で眠り、ライブ1時間前にアルコールを仕込み、いよいよライブ会場。隣になんと、大江の母上が立っていらっしゃって、昔からの地元のファンらしき人と話していらっしゃった。「最初からこうしてたら良かったのよ(池畑、花田でやること)」という言葉が聞こえた。
ライブについては、脱退後のへろへろな過去を払拭する、エネルギーに満ちたものだった。アンコールでルースターズの曲が次から次と演奏され、合唱、に次ぐ合唱。そして、大江の「トゥデイズ スペシャル」というMCでアルバム未収録の傑作『go fuck』がはじまった。
「さぁ きみの胸をかかえ 柔らかい尻を抱いて やってもいいかい 今すぐに きみの細い腰に ぼくの両手をまわして とてもふくよかな あそこを食べて とまどわなくてもいいから 静かに 息を感じて じっとみつめて あつい電球をつかんで 口笛吹いて 声たからかに 腰をふるわせよう ベッドの横から 身をのりだして 動悸は 波うち 肌は 汗ばむ 快楽の喜びに泣こう つるつると始めよう ARE YOU FINE? ARE YOU FINE? 服は 床に 脱ぎすてて うっとりと 仕込もう 背骨が 折れるくらいに」
最後はさすがにガラガラになった声で、ソロアルバムから「何処へいこうか」を歌う。途中までガラガラだった声が、突然、朗々としたものになる「抑圧された若い人が叫ぶのをきいたことがある うつむいて歩く人がいた、やがて彼らは旅立って行った(略)みんな口々に言う、好きな事をしよう。みんなそのために生きているんだと、みんなそのために生きているんだと」
まだ音楽に希望はある。涙が出てきた。音楽は何のためにあるのか、すこしわかった気がした。音楽にとって、価値はどこにあるのかが。

大江さんの母上はかくしゃくとした足取りで新宿の街に消えて行った。

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音楽やりたかったなぁ

ギター教室2.3年通ってまして、ジャズコースを次の目標に、と思っていたが、入院中に神経が原因の異常と筋肉が原因の異常が発見されたため、人並み以上に上達することは不可能と判断して、辞めることにした。
でも、楽器を自由に演奏するってことは、ホントにうらやましい、嫉妬しますね。

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『マニアの受難』  MOONRIDERS DVD BOX

早く、60前のおっさんになりたい。白髪でいじわるでいたずらっ子な。

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大江慎也 6 Things're being tough

では、そんな外界との関係のなかでの、大江の表現のベクトルはどこへ向かっていたのか。「ステージショーの前後には、自分で作ったと思えない緊張状態が作り出されていた。私は自分が異常と言われる行動をとってるのを知っていた。ステージの前にノートに書く歌詞は、曲がりくねった文字で英語の単語を記すしかなかった。(略)私はその時間も、楽屋で落ち着かず、前日から準備をしていた動きのアイディアに集中するのも大変だった。このような状態にならなかったことを仮定したなら、私は舞台でギターを必ず持ち、弾いているべきだったかもしれない。だが、その場合でも私のギターは単なるギターではなかったろう。」「パラノイアックライブ」として商品化されるライブの状態はそれを言葉のまま映し出している。奇妙なダンス(前日から準備をしていた動き!)。(イアン・カーティス‥‥)。ヴォーカルはほとんど後にアフレコし直されたものだが。石井聰互氏のプライベート8ミリフィルム(BOXセットに収録、単品のリリースなし)での「She Made Me Cry」は如実にこの状態の怖さを映し出している(アコースティックギター弾き語り、途中でブツッとギターを弾くのをやめ、退場)。

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ヤンキーラップにみる日本社会

郊外型大型古書店で店内に流れていたヤンキーラップ略して「ヤンラプ」(今、命名)の歌詞がやたら、家族、親、子供、親戚、仲間にまつわる事、それらを大切にする事、その外部に目もくれないこと、それだけで出来上がって、しかもほとんど同じ趣旨のラップ(ヒップホップとは言いたくない。ヒップじゃないし)ばかりかかってるのに気が狂いそうになり、外に出た。
やはり日本は近代市民社会というモデルなど当てはまり様もない、これからもないだろう、と思った。そこで歌われているのは結局部族社会じゃん。日本社会の根幹は部族社会である。ね、副島隆彦先生。
ヤンキーとはそれを現実に示す、目を塞ぎたくとも、直視せねばならない存在である。

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舊かなづかひ 舊漢字の火を消すな (太古の噴火のエコー)

仕事がら、人名、地名に接する機会、というかそれで仕事をしているのだが、不満はCADで表示できない漢字はすべて、置き換え文字を使用していることであった。もちろん表札など、誤字と思われるものも多いのだが、人名、地名は作ってでもそのまま表記すべきである。手間と時間のために置き換えということが行われるのは、零細企業にとってあたりまえの選択かもしれないが。
しかし問題は肝心の文字というものに制作者があまりに鈍感すぎることである。ワープロのために漢字はあるのではない、と「いふやうな」ことを福田恒存(そう、こう書くしかないのである)氏が述べていたが、その通り、文字はコンピュータに仕える道具ではない。まがりなりにも本作りにかかわるなら、文字についても「學問してもらひたい」、と思うのだが、なにが問題かもわからんだろうから、有志に「うつたへる」のみにしよう。
自分も舊かなづかひ、舊漢字で書くことはしないだろうが。世間的配慮からである。

ネット上に「舊かなづかひ 、舊漢字」を保存せんとする有志のHP
http://homepage.mac.com/statictext/index.html 『static text』
評論家 呉智英氏についての頁を含む。

参考書 (福)田恆存「私の國語(教)室」()は舊漢字で表記すべきもの 
     白川静『漢字』他全ての著作(全集あり)            

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人間は団結しない

中沢啓治氏のマンガ「はだしのゲン」がなぜ傑作か、それは平和を訴えてるなんてことじゃなく、人間は団結しないということをえぐり出しているからだ、というのは呉智英先生の言だが、人は現実から苦しめられても、なぜ、真の敵をみつけ、対決しないのか。左翼運動なんかしてた人には、歯がゆい問題だが、人の所与の環境に対しての態度は何種類かに分けられるだろう。吉本隆明先生が、キリスト教論でやったように。 
現実に対する人間のとるパターンのすべては、既視の態度であり、分類可能である。それぞれに、人が生き残るための方法としての意義があり、それは大きな視点からは「道徳」的に非難はできない(倫理的にではなく。倫理的になら、いくら泥棒だって泥棒としての筋ちゅうもんがあるやろ、という非難は可能である)ものとして存在する。人は闘って未知の事態に陥るより、既知の世界に生き残るほうが大事だから。ゆえに団結を強いることも不可能であることは当然のことである。それを許さなくしては、さらなる闘争が内側で生じていく。これも、すでに人が経験した既視の出来事である。
以上、人間に失望しないための認識として。ちょっと物わかりよすぎるようだが。

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オタク達へ、そしてヲタク達へ  「闘う君の唄を、闘わない奴等が笑うだろう」by中島みゆき「ファイト!」

世界に通用する、いや、世界水準を超えて『COOL JAPAN』と呼ばしめてるのは、アニメ、マンガはじめとするヲタク文化だけだ。文学?そんなのあんの?映画?日本映画なんてくくりはなく、個々の作家が孤立してる状態だ。日本のロックなんて特殊音楽しか認められていないぜ。
富野、そして庵野というアニメ作家が問いかけてきた事をいいかげん自分に投げつけろ。
ヲタクですから、とか言い訳する必要なんかない。仕事してテレビ観て寝るだけで(それも適当に仕事して)ヲタクとなる対象すら見つけられない人間より、よっぽどマシだ。
おかんに買ってもらった服は破り捨てろ。典型的ヲタクファッションこそ自意識過剰の固まりだ。モビルスーツ選ぶみたいにファッションだって選べばいい。
新作『ヱヴァンゲリヲン』の映画上映の時だ。大阪梅田のスカイタワービルに2館あるシアターの一つでそれがかかった。それで迷惑したのがもう一つのシアターだ。上映館も確かめずに次々やって来るエヴァ観客に、業を煮やして「ヱヴァンゲリヲンはやってません」という看板を立てたが、それでも続々やって来るヱヴァ観客。
ええかげんにせぇ。なぜ旧劇場版でえんえん観客姿が流されたのか、ガンダムからその批判は始まっているのに、いい加減に気付け。自分に矜持を持て、おまえのヲタクな対象は甘えるためにあるんじゃないことを。
そして、日本文化の可能性などそこにしかない。スポーツだって大げさに報道してるだけだぜ(大リーガーたって、もっとも、もてはやされてる外人なんて中国人だぜ)。
ヲタクですからなんて、すまなそうに、これから言うなよ。
偏見と蔑視という視線の中で闘ってる人間が、何にも闘わない身過ぎ世過ぎに懸命の連中に「オタク」なんて言われる筋合いはないよな。
「四角い小さな部屋の中にもでっかい世界が転がって、君に蹴られるのを待ってるはずだよ、稲妻に打たれて蘇れ」  PANTA『ステファンの6つ子』

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インターネットの陰謀

インターネットが人類を馬鹿にするために使用されてるって噂、本当らしいぜ。

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ロック評論家なんておんのか  ジョイ・ディヴィジョン『CONTROL』

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映画のシーンでなくて、本物。ファクトリーから発売されていたライブ+プロモーションビデオより。残念ながら、廃盤。DVDでの再発希望。

この3月、4月に「ジョイ・ディヴィジョン」のボーカリスト、イアン・カーティスの伝記映画が公開される。『Control』(大阪では梅田ガーデンシネマ http://www.kadokawa-gardencinema.jp/umeda/)公式HP http://control-movie.jp/
以前に書いた90年代音楽シーンへの違和感とかさなるが、ジョイ・ディヴィジョンのBBCセッションが発売された時、なんで今頃、とお書きになったライターさんがいらっしゃった。
また、XTCの箱庭的世界はもういいというようなことを書いた方は、久しぶりにリリースされた新作をえらく褒めていらっしゃった。
レディオヘッドに、正座して聴けというのかと、文句?書いておられる方もいらっしゃった。
正座して拝聴したくなる音楽も世の中には数点存在する、と思いますが、人それぞれですか。
結局、クラブシーンとかに、それまでおぼこだった人が参加してみたら、けっこうイケて、やめやめ、あんな深刻な音楽、やめやめあんなスタジオワーク、てのが真実でしょう、ね。踊って、レイヴで解放だと。

でも「酩酊を日常化するわけにはいかないし、困窮の事実もまた紛れもない」。
       『「名づけ」の精神史(p29)』市村弘正 平凡社ライブラリー
ジョイ・ディヴィジョングッズ、おまえらいまさら買うなよ。
俺は買うけどな。                    20514.jpg

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ガレージキット工房 ゴジラ対へドラ

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大江慎也の逆襲5 Things're being tough

「レコーディングに遅れたという雑誌記事が出たことがあった。私は時間と場所を知らされてなかったのだ。場所を調べ、母と宿泊していたホテルから急いで歌詞を持ってスタジオへ行った。後から入ったメンバーの一人に、「もう少しはやかったらね」と言われて、その歌詞は使われなかった。」
もうすでに、バンドのリーダーという図式はなくなって、ほかの誰かが事務的にバンドらしきものを運営してしまってる。それも病気を気遣ってではなく。
「母が持ってきた音楽雑誌に、自分の意思と、メンバー、プロデューサーの転院前の「待っているから」という言葉とは裏腹の、私が脱退したという記事が載っていた。私は信じられなかった。しかし発表されたものは仕方がなかった。それは出たもの勝ちの当時の業界そのままだった。」
客観的にみて、大江はもう「使えない」というシビアな判断があったのかも知れない。しかし、こういう処理の仕方は裏切りと言っても言い過ぎではないだろう。

ルースターズというバンドについて事細かに知ろうと思ったら、kazuyaさん運営の"WOULDN'T IT BE NICE"というサイト内『A Young Person's Guide To Roosters(z)』を参照してください。
労作です。

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